夫のDVが原因となって協議離婚をする場合、夫婦間に子どもがいれば、妻が子どもの親権をとり、引き取ることが多いです。
このような場合、妻側としては、子どもを二度と夫に会わせたくないと考えるのが自然かもしれません。
しかし、別れた夫には、面会交流権(面会交渉権)という権利が保障されています。
「面会交流権(面会交渉権)」とは、離婚をした際に、子どもを引き取らなかった親が、直接子どもに会ったり、電話やメールなどで連絡を取ることができる権利のことをいいます。
そのため、別れた夫から子どもに会いたいと申し入れがあれば、妻は、原則として、この申し入れを拒否することはできません。
もっとも、夫が子どもに虐待を働いていた過去があるような場合には、このような申し入れを拒否することができますが、相手によっては、強硬手段を使って、子どもに接触しようとしてくる場合もあります。
たとえば、夫が子どもの通う幼稚園で待ち伏せをして、子どもが出てきたところを勝手に連れ出すといったケースです。
このような場合、妻は子どもを夫から取り返せるのでしょうか。
子の監護に関する審判と保全処分の申し立て
夫のDVなどが原因となって、妻が離婚調停を申し立てる場合、妻と子どもはすでに夫のもとを離れて、別居しているケースがほとんどです。
このような状況の中、妻のもとから子どもを連れ去るなどして、妻に子どもを返さないケースがあります。
仮に、妻が子どもの親権者としてふさわしくないような素行を続けるなどして、子の利益・福祉を害している場合であっても、夫が妻のもとから子どもを連れ去る行為は違法です。
このような場合には、きちんと法律上の手続きに則って対応する必要があります。
具体的には、親権者などの変更を家庭裁判所に申し立てることになります。
そのため、夫が違法な手段を使って子どもを連れ去った場合、親権者または監護者となっている妻は、夫に対し「子の引渡し」を請求できます。
それでも、夫が子どもを返してくれない場合には、裁判所に「子の引渡しを求める調停」などを申し立てることができます。
子の引渡しを求める調停
離婚の前後を問わず、連れ去られた子どもを返してくれない場合には、家庭裁判所に「子の引渡しを求める調停」を申し立てることができます。
調停手続きでは、子どもの学校生活や生活環境などを考慮しながら、子どもの意思も尊重して、調停委員と裁判官、そして夫の間で話し合いがもたれます。
調停が成立すれば、子どもは妻のもとに戻されることになりますが、調停が不成立(不調といいます)となれば、自動的に「子の監護に関する審判」に手続きが移行し、裁判官が審判を下すことになります。
審判前の保全処分
調停が不調に終わり、審判手続きに移行した場合において、連れ去られた子どもに対する危険が差し迫っているような事情が認められるときには、妻は「審判前の保全処分」を申し立てることができます。
たとえば、夫により子どもが虐待を受ける可能性が高いような場合です。
家庭裁判所が、この申し立てに理由があると判断すると、審判手続きが終わるまでの間、子どもの監護者を妻と仮に定め、夫に対して子どもを妻に引き渡すよう命じることになります。
この保全処分には、強制執行力(保全処分で認められた内容を国家機関によって強制的に実現すること)があるため、審判手続きにおいても妻側に有利に働く可能性が高いといえます。
調停前の仮の措置
「調停前の仮の措置」とは、親権者や監護者の指定を求める調停手続中に、子どもの引渡しを仮に夫に求める措置のことをいいます。
たとえば、調停の間、親権者や監護者が決まっていない状態が続くことが子どもの利益・福祉を著しく害するような場合に、一時的に親権者や監護者を決めて、その者に子どもを引き渡すことを命じるわけです。
もっとも、調停前の仮の措置には、審判前の保全処分のような強制執行力はなく、仮に、この措置に夫が従わない場合は、10万円以下の過料というペナルティが夫に課されるだけに過ぎません。
人身保護法に基づく請求
「人身保護法」とは、法律上の手続きによらずに身体を拘束されている者を救済するための法律です。
人身保護法に基づく請求がなされた場合、拘束されている者の身体を保護する必要性が高いことから、裁判所も素早く結論を下します。
そのため、保全処分が認められるために必要とされる緊急性よりも高度な緊急性が必要であり、かつ、子どもを連れ去った夫に明らかな違法性が認められる必要があるなど、請求が認められるための要件が厳格になっているようです。
この手続きは、地方裁判所や高等裁判所が申立先となりますが、弁護士を代理人につけなければならないことが原則となっています。
警察に通報する方法もある
夫のDVが原因となって離婚したような場合においては、夫に連れ去られた子どもが夫から虐待を受けるおそれがあります。
このような場合には、いち早く子どもの安全を確保しなければなりません。
そのため、子の引渡しを求める民事上の手続きと並行して、警察に通報するなどして、子どもを保護してもらうことが重要です。
この点、警察はいわゆる「民事不介入」と言われているように、民事事件や家事事件といったトラブルには腰が重くなる傾向にあります。
しかし、妻と別居している夫が保育園から帰宅途中にあった長男を車で連れ去ったという実際の事件において、警察はこの夫を未成年者略取誘拐の容疑で逮捕し、その後、夫は懲役1年、執行猶予4年の有罪判決を受けています。
このことからも、離婚後、親権をもっていない親が子どもを連れ去った場合には、未成年者略取誘拐罪が成立する可能性が高いと考えられます。
このように、警察の力を借りて、子どもを保護する方法もありますので、その点は覚えておきましょう。
まとめ
離婚を機に、親権者となり子どもを引き取っていた妻(夫)が、相手に子どもを連れ去られてしまった場合には、家庭裁判所に子の引渡しを求める調停を申し立てることができます。
もっとも、過去に相手からDVを受けたことがあるなど、子どもの身の安全を確保する必要性が高い場合には、審判前の保全処分を申し立てるなど、適切な対応が求められます。
また、場合によっては、裁判所での手続きに加え、警察に相談することも併せて検討することが必要です。
▼離婚とお金 シリーズ
- 離婚とお金VOL1_あとで慌てない!離婚の前に必ず決めておくべき3つのこと
- 離婚とお金VOL2_要チェック!離婚したら相手から受け取れる4種類のお金と注意点
- 離婚とお金VOL3_どこまで認められる?離婚前の別居期間中の生活費で請求できる項目とは
- 離婚とお金VOL4_離婚の財産分与と慰謝料の要求は時効に注意!約束を守らせる秘訣とは?
- 離婚とお金VOL5_親権者でなくても離婚後に子どもを引き取れる「監護者」とは?
- 離婚とお金VOL6_「離婚後は子どもを会わせたくない」は認められない?まずは面会のルールを決めよう
- 離婚とお金VOL7_離婚時に決めた財産分与や養育費が支払われない場合にとれる差押えなどの解決方法
- 離婚とお金VOL8_内縁など事実婚状態でも財産分与や慰謝料、養育費の要求は可能?
- 離婚とお金VOL9_家事労働分がカギ!専業主婦と共働き2つのケースでの離婚における財産分与はどう違う?
- 離婚とお金VOL10_離婚を急いで請求権を放棄すると取り返しがつかない!あとから請求する方法はある?
- 離婚とお金VOL11_親の遺産は?離婚時の財産分与でもらえるものと、もらえないもの
- 離婚とお金VOL12_財産分与を現物でもらうのはアリ?離婚で不動産をもらうときの注意点
- 離婚とお金VOL13_財産分与と慰謝料を受け取ると税金がかかる?離婚と税金の関係について解説
- 離婚とお金VOL14_マンション頭金や結婚式費用は離婚時の財産分与でどうなる?
- 離婚とお金VOL15_相手の事業を手伝っていたが離婚した場合の財産分与について
- 離婚とお金VOL16_借金のある事業や夫の浪費癖により喪失した事業資産がある場合、離婚したら財産分与はどうなる?
- 離婚とお金VOL17_浮気した本人は離婚時に財産分与を受け取れる?慰謝料との関係も解説
- 離婚とお金VOL18_夫の借金の保証人になっていた場合、離婚時にやるべきことと財産分与について
- 離婚とお金VOL19_離婚による財産分与を分割でもらう際に必ずやるべきことと、ローンが残っている不動産のもらい方
- 離婚とお金VOL20_姑からのイジメも?離婚で慰謝料を受け取れるケースとその相場について解説
- 離婚とお金VOL21_慰謝料も財産分与も請求できる期限がある!不払いを防ぐ方法とは?
- 離婚とお金VOL22_事実婚で生まれた子は?養育費をもらえるケースとその期間について解説
- 離婚とお金VOL23_諦めたら損!養育費が決まらない場合にとるべき手段
- 離婚とお金VOL24_養育費の相場はいくら?年収で計算する方法を解説!
- 離婚とお金VOL25_養育費で損しないための対策!毎月払いと一括払いの利点欠点と、不払いを防ぐ方法
- 離婚とお金VOL26_養育費はあとから増額や減額ができる?具体的なケースを解説!
- 離婚とお金VOL27_失業や借金で養育費を払えないと言われた場合、今までどおり要求できるケースと諦めたほうがいいケース
- 離婚とお金VOL28_再婚したら養育費はどうなる?養子縁組との関係について解説
- 離婚とお金VOL29_財産分与や養育費の話し合いがうまくいかない場合に、まずやるべきこと
- 離婚とお金VOL30_DVが離婚原因の場合、直接会わずに慰謝料や養育費などの話し合いを進める方法を解説
- 離婚とお金VOL31_養育費の過剰な取り立ては訴えられるかも?やってはいけない催促とは
- 離婚とお金VOL32_養育費が支払われない場合は祖父母に払ってもらえる?法律上の支払義務とは
- 離婚とお金VOL33_養育費の支払いを内容証明で催促する方法を解説!
- 離婚とお金VOL34_養育費など離婚給付の話し合いがまとまらない場合に裁判を考えるタイミング3つ!
- 離婚とお金VOL35_養育費を要求するための少額訴訟のやり方
- 離婚とお金VOL36_財産分与が支払われない!借金取立てにも利用される「支払督促」について知っておこう
- 離婚とお金VOL37_いきなり裁判はできない!養育費が支払われないときに踏むべき手順について解説
- 離婚とお金VOL38_財産分与や養育費の取り決めを無視された場合に財産を差し押さえる手続き方法
- 離婚とお金VOL39_財産分与や養育費が支払われない場合、いくら差押えができる?
- 離婚とお金VOL40_離婚して子どもを夫に会わせたくないときに考えるべきこと
- 離婚とお金VOL41_夫と子どもとの面会は制限していい?祖父母に面会交流権はある?
- 離婚とお金VOL42_親権でもめて子どもを連れ去られたときに返してもらう方法を解説
- 離婚とお金VOL43_離婚後、子どもに会わせてくれなくなった場合に面会を求める方法とは
- 離婚とお金VOL44_離婚後も結婚中の姓を名乗るための手続き
- 離婚とお金VOL45_離婚して旧姓に戻っても子どもは夫の姓のまま?妻の戸籍に入り妻の姓にする方法
- 離婚とお金VOL46_子どもの姓を親権者ではない方の姓に変える手続き
- 離婚とお金VOL47_戸籍からバツイチを消す裏ワザ!注意点も解説
- 離婚とお金VOL48_子どもの親権者が虐待をしていたときに親権を変更する方法