子供の親権を妻が持つことを決め、夫が養育費の支払いを約束し、無事離婚が成立。
しかし、段々と養育費の支払いが遅れがちになり、ついには全く支払われなくなってしまう……。
このようなケースがしばしば見られます。
養育費は子供が小さければかなり長期間にわたって払い続ける必要がありますが、夫の自主的行為に依らざるを得ず、支払いが途絶えれば妻としては夫に支払い再開を求めるしかありません。
しかし、いくら請求する権利があるとはいえ、あまりに夫を追い立てるのは逆効果になるのはもちろん、時には訴えられてしまう可能性があります。
怒りや勢いに任せ過ぎないよう注意しましょう。
養育費を支払わない事情
夫が今も離婚前と同じ会社に勤め続け、収入も安定しているにもかかわらず、最初のうちきちんと振り込まれていた養育費が、次第に振り込まれなくなった、あるいは何の連絡もなく額が減っていた、というのは何が原因なのでしょう。
夫の再婚
夫に再婚や新しい恋人ができたという事情があれば、新たなパートナーがより大切になるのは人としてやむを得ないことです。
再婚ともなれば生活費も増えますし、パートナーに費やすお金もかかるでしょう。
もちろん、だからといって養育費を支払わなくてよい理由にはなりません。
子供から気持ちが離れる
実の親子なのだから、たとえ離れて暮らしていても強い絆で結ばれているはず……という考えは正解でもあり、間違いでもあります。
別の生活を始めた子供に対し、時間が経つにつれ次第に思いが薄れてしまうのは仕方ないことだといえます。
それと共に養育費の支払いに張り合いがなくなり、義務感もなくなってしまうのです。
特に子供と面会交流をしないケースに表れがちです。
何ともあり得ないくらい無責任で不誠実な話です。
会社に乗り込むのはあり?
妻として、夫が養育費を支払える環境にあるのなら続けてもらうための策を考えるのは当然です。
なかでも、直接訴えかけるのは有効な手段の一つです。
その際、夫の職場へ出向くという方法があります。
夫の現在の住所を把握していないという事情があればやむを得ませんが、家に行くより職場の方が確実に夫を捕まえられるからという理由ももっともです。
さらに、離婚原因が同居の姑問題だった場合など、家に行きたくもないでしょう。
このように夫の会社で話をする機会を持とうとすること自体は問題ありません。
しかし、度が過ぎた行動を取ると裁判沙汰になることがあるので注意が必要です。
具体的には以下のような行動です。
毎日のように会社に押し掛ける
夫が認めるのであればともかく、会社に来ないでくれと頼んでいるのに頻繁に訪れることはやめるべきです。
場合によっては威力業務妨害となるかもしれません。
内で執拗に支払いを迫る
夫の仕事の妨げになりますし、「支払うまで帰らない」「毎日ずっと来る」などと迫ることは、場合によって脅迫罪が成立する恐れがあります。
内の周りの人々に聞こえるような大声で支払いを迫る
夫が離婚した妻と養育費の支払いで揉めていることは、たとえそれが真実であっても社内の人たちに吹聴して良いことではありません。
夫は会社に対し自己のプライベートの話をする義務はありませんし、(元)妻が会社に暴露する権利もありません。
名誉毀損にあたる可能性がありますし、夫の会社での立場を著しく損ねることで、万一職場にいづらくなり夫が会社を辞めてしまうようなことになっては元も子もありません。
これらの行き過ぎた行為は話し合いの域を超え、「自力救済」とされることがあります。
自力救済は、権利者が裁判などの正式な手続きを経ずに、自ら実力を行使して権利の実現を図ることで、違法な行為として禁止されています。
夫の職場で話をする目的は正当であっても、手段が行き過ぎてはいけません。
ただでさえ支払いをしてくれない夫に煮え切らない態度をとられて腹立たしい気持ちは理解できますが、だからと言って夫を脅し、追いつめて良い訳はありません。
会社以外の場所、自宅へ押しかけるのは?
例えば会社に行って夫を呼び出してもらい、職場の人が来ないような場所に行って話し合うのであれば、立場は対等と言えます。
少なくとも名誉毀損にはならないし、よほど妻が酷い態度を取らない限り脅迫に該当することもないでしょう。
しかしそれも毎日のように繰り返すのであれば、いずれ会社でも問題になるので、結果として会社に押し掛けるのと変わらなくなります。
また、夫の自宅へ行く場合も、玄関先で養育費未払いを大声で吹聴するようなことをすれば名誉毀損です。
かといって夫が嫌がるのに家の中に入り、出て行ってほしいといくら言われても居座り続けると、今度は不退去罪に問われるかもしれません。
手続きを踏むための書類
夫が養育費を支払わないからと言って、もちろん泣き寝入りをする必要はありません。
きちんと法律に則った手続きを踏めば良いのです。
夫の財産を差し押さえ、そこから養育費を取るのです。
財産の差し押さえをするには、まず裁判所に強制執行の申立てをする必要がありますが、申し立てには相手方に強制執行をすることが公に認められた文書である「債務名義」が必要となります。
債務名義となり得る文書には以下のものがあります。
正証書
夫婦が離婚する際に養育費支払いなどについて話し合い、その内容を「強制執行認諾(証書にある契約を守らなかった場合に強制執行をされても構わない)約款」つきの公正証書にしていた場合に債務名義となります。
夫からの支払いがないとしてすぐに裁判所に申し立てることが可能です。
調停証書、あるいは審判書
離婚時に夫婦間の協議がうまくいかず、家庭裁判所の調停を経て養育費支払いなどの合意に至った場合に、裁判所が作成するのが調停証書で、やはり債務名義となります。
調停が不成立で審判に移行した後に裁判官が下した判断を文書にした審判書も同様です。
通の契約書の場合は調停を申し立てる
離婚協議書を夫婦間のみで作成した、いわゆる私製調書には強制執行力がありません。
改めて家庭裁判所に調停を申し立てることになります。
私製調書は調停の際に夫の養育費支払いの意思とその額を証明する証拠となります。
調停は妻側からの申立てのみで受理されます。
ただし夫側が調停を欠席したり、合意に至らなかったりした場合は不成立となり、審判に移行します。
いずれかの過程で②で示した債務名義を作ることができます。
少額訴訟や支払督促を申し立てる
私製の契約書を証拠として、簡易裁判所に支払督促や少額訴訟を申し立てるという方法もあります。
支払督促とは、申立てに基づいて裁判所書記官が相手方に金銭の支払いを命じるというものです。
支払いを請求する理由などを申立書に書くだけで済み、証拠提出不要という非常に迅速な制度です。
督促が夫に届いてから2週間以内に異議の申立てがなければ、妻は次に支払督促に「仮執行宣言」をつけることを裁判所に申し立てます。
仮執行宣言の申立てについて夫に連絡が行った後、さらに2週間以内に夫から異議申立てがなければ、仮執行宣言が支払督促に付けられ、これが債務名義となります。
督促あるいは仮執行宣言の申立てに対して夫が異議を申し立てた場合には訴訟手続きに進みます。
ちなみに異議の申立ては理由不要で、ただ督促や仮執行宣言の申立てに対し異議を述べる旨を申し出れば良いだけです。
夫の側に送付される書類に異議に関する説明や用紙が同封されていますので、異議が述べられた結果、訴訟まで行くことは普通にあり得ます。
訴訟は地方裁判所に移行して行われます。
夫が異議を申し立てる可能性が高そうな場合、督促でなく少額訴訟を利用する方法があります。
少額訴訟は支払請求額が60万円以下の場合に行うことができる簡易な手続きで、原則1回の審理で判決が言い渡されます。
契約書など明確な証拠があれば支払い判決が出るので、これを文書にした判決書を債務名義にすることができます。
ちなみに支払督促から裁判となった場合でももちろん支払い判決が出れば同様に債務名義となりますが、通常の裁判の場合審理が1回で終わらず、判決が遅れる可能性があります。
<夫が養育費を支払わない場合>
家庭裁判所 | 養育費を払う約束をしていない |
---|---|
債務名義なし | |
執行裁判所 | 債務名義あり 【例】調停調書、審判書、判決文、強制執行認諾約款付公正証書 等 |
通常訴訟を起こす
いきなり夫に対し、支払請求の訴訟を起こすこともできます。
たとえば支払請求額が60万円を超えている場合、少額訴訟はできません。
支払督促であれば請求金額の上限はないのでできますが、異議の申立てをされることを読み、先に手を打つという考えもあり得るでしょう。
この場合、請求金額が140万円以下であれば簡易裁判所に、140万円以上であれば地方裁判所に訴訟を起こすことになります。
通常の裁判は時間的、精神的に負担が大きいのでなるべく避けたいところです。
長期間の養育費未払いを放置しないようにしましょう。
強制執行の申立て
債務名義が手に入れば地方裁判所の執行部に「債権執行の申立て」をします。
申立てには申立書、債務名義正本のほか、債務名義正本の送達証明書が必要です。
裁判所が作成した債務名義の場合は裁判所に必要事項を書いて申請すれば送ってもらえます。
公正証書の場合は作成した公証人に交付を申請しましょう。
おわりに
以上のように正式な手続きを踏めば、夫の給料から養育費の取り立てができるのです。
確かに複雑で面倒かもしれませんし、時間もかかりますが、正当な請求なのですから債務名義は取れるはずです。
将来の支払い継続までしっかり見据えて確実に養育費を手にできる方法を取って下さい。
一番大切なことですが、養育費に関する約束は決して口約束で済ませてはいけません。
口約束でも契約は有効に成立しますが、夫が否定すれば証拠とするのは困難です。
公正証書が一番ですが、それが無理でもせめて契約書や念書を作って残しておきましょう。
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