離婚時に取り決めた夫から妻への財産分与や子供の養育費の支払いをもし夫が支払わない場合、公正証書や調停証書などを債務名義として夫の財産を差し押さえ、そこから支払いを受けることが可能です。
ただし、債務名義を夫の口座がある銀行や、夫の給料を支払っている会社に直接持って行っても差押えはできません。
実際の支払いを受けるためには裁判所に強制執行を申し立てる必要があります。
その手続きについて説明します。
いきなりの差し押さえはお勧めできない
夫婦でしっかりと協議をして公正証書を作り、あるいは協議がうまくいかずに調停や審判に持ち込んだとしても、離婚前に夫の支払い義務に関する債務名義となる文書を作っておくことは非常に重要です。
支払いが滞ってからでも債務名義を作ることは可能ですが、裁判を経ねばならない場合もあり、時間と手間がかかりますし、何より精神的に疲れます。
さて、債務名義を持っていれば、夫の不払いがあればすぐに財産の差し押さえができるというのは、確かに間違いではありません。
手続きさえ済ませば可能です。
しかし、差し押さえは最後の手段だと考えましょう。
差し押さえの手続きは法律に不慣れな人にとっては煩雑なものです。
まずは内容証明を使った催促をしてみましょう。
意外に、それだけで支払ってくれる場合も結構あるのです。
内容証明を送っても夫が支払わなければ、家庭裁判所の履行勧告や履行命令の制度を利用できる場合があります。
履行勧告と履行命令
履行勧告は家庭裁判所で決めた内容どおりの履行をするよう、義務者に勧告することです。
裁判所から夫に履行勧告をしてもらえるのは、裁判所で作成された債務名義を持っている場合だけです。
強制執行許諾約款がついていても、公正証書ではできません。
内容証明までは無視できても、裁判所から勧告されると、いわば司法という第三者を通すわけですから、さらに夫への効果が期待できます。
ただし、あくまでも勧告ですから、従わなかったとしても裁判所が夫へ支払いを強制することはできません。
一方履行命令はある程度法的な効果があります。
裁判所という国家の機関から支払いの履行命令が出されれば、ここまでくれば、夫としてもさすがに応じることが期待できます。
ちなみに履行命令に従わない場合には10万円の過料が科せられます。
財産分与や慰謝料などが嵩んでおり、10万円払って取り敢えず先延ばしする夫もいるかもしれませんが、そこまでしても支払わない場合は最終手段を考えればよいのではないでしょうか。
差し押さえの方法~強制執行の申立て
先ほど差し押さえの手続きは煩雑と書きましたが、もし裁判所に何度か通う手間と時間が取れる方であれば自力で手続きをすることは可能です。
事前に差し押さえまでの流れについて知っておきましょう。
必要書類
- ・債務名義(強制執行許諾約款付き公正証書、調停証書、判決正本など)
- ・申立書
- ・債務名義の送達証明書
申立書は裁判所で貰うか、ホームページからダウンロードします。
送達証明書は、債務名義を裁判所が作成したのであれば、裁判所に申請して作ってもらいます。
公正証書の場合は作成した公証人にお願いします。
費用
- ・手続費用 4,000円(金額分の収入印紙を申立書に貼付する)
- ・連絡用郵便切手代の予納…各裁判所によって多少前後しますが、陳述催告の申立てをする場合はだいたい2,800円前後、陳述催告の申立てをしなければ2300円前後です。
切手の種類を細かく指定されるので、必ず事前に問い合わせるようにして下さい。
※陳述催告の申立てをしておくと、差し押さえ予定先の会社や銀行に対し、差し押さえできる夫の財産(債権)があるかどうか、またその支払いをするかどうかを取り立て前にあらかじめ回答してもらえます。併せて申立てをしておくことをお勧めします。
・法人の登記事項証明書(または代表者事項証明書)…差し押さえ先の会社が法人の場合に必要です。最寄りの法務局に申請して取得します。費用は1通600円です。
申立先
夫の給料を差し押さえる場合は勤務地の住所地を管轄する地方裁判所、銀行口座であれば口座のある銀行所在地を管轄する地方裁判所の債権執行部です。
申立書の書き方
申立書は申立書表紙、当事者目録、請求債権目録、差押債権目録の4種類で成っています。
まず申立書表紙には自分の名前と連絡先を書き、押印します。認印で構いません。
当事者目録には、申立人(妻)、債務者(夫)の現住所氏名、差し押さえ先(夫に対して給料を払う義務のある会社などです。
法律的には第三債務者といいます)の住所、会社名、代表者名を記入します。
注意しなければならないのが二人の住所氏名の記載です。
特に公正証書は原則離婚前に作成するので、当時夫婦が住んでいた住所や、離婚前の姓になっていることが多いです。
現在の住所でない場合は、債務名義上の住所と現住所の繋がりを証明する住民票を提出したうえで、「債務名義上の住所」も記載して下さい。
氏名変更の場合は戸籍謄本を提出の上、現在の氏名と債務名義上の氏名を併記して下さい。
請求債権目録には、何を請求するのかと、請求の根拠を記載します。
まず、根拠となる債務名義の名前と番号(公正証書や調停証書の最初に記されています)を書き、そのあと養育費、財産分与などの目録に分けてそれぞれの請求金額を書きます。
また、強制執行にかかる手続費用も相手に請求できるので、内訳毎に書いておきましょう。
最後の差押債権目録には、夫のどの財産を差し押さえるかを記入します。
夫の会社の給料債権を差し押さえる場合には、会社が第三債務者となります。
銀行口座であれば第三債務者は銀行です。
請求の目録が複数ある時は、面倒ですがそれぞれの目録に対して差押目録も複数書くことになります。
以上の書類の記載方法については、裁判所のホームページに記載例が載っています。
特に養育費等支払については別項目を作って説明をしていますので参考にして下さい。
ただ、法律的な書き回しについては分かりづらいところも多いので、ある程度自分で内容をまとめた上で裁判所に直接尋ねてみてもよいでしょう。
全ての書類を作成出来たら、それぞれ2部ずつコピーして原本と一緒に裁判所に提出します。
原本のみホチキスで左綴じにしますが、コピーした副本は綴じる必要はありません。
差し押さえの方法~申し立て後
裁判所は申立て通りの第三債務者宛に、差押え命令を発令すると同時に命令の正本を発送します。
送達通知が申立者である妻のもとに届きますので送達日を確認して下さい。
その1週間後から取り立てが可能となります。
取り立ては妻自身が会社や銀行に対して行わなければなりません。
差押え命令の正本を提示し、振込みなどの方法を依頼します。
銀行はこのような手続に慣れているので、夫の口座に預金がある限り、まず問題なく支払いに応じます。
養育費の差押え手続きは1度で大丈夫
借金の支払いなどは申立て時に既に存在していた金額についてしか差押えできないところ、養育費はたいていが月極めなどの分割払いと取り決められており、差し押さえ時以降の支払いには対応できないのかと不安になります。
しかし、実は養育費については、1度の申立てで将来の分割支払いについても差押えをすることができると民事執行法で定められているのです。
将来分の申立ては、申立書の請求債権目録のところに、「確定時期が到来している(既に未払いとなっている)債権」と、「確定時期が到来していない債権」をそれぞれ記載する形で行います。
なお、養育費は未成年の子が生活するための費用なので特別に将来に向けての差し押さえが認められるものであり、養育費以外、例えば慰謝料などの分割払いに対しては将来の差し押さえは認められません。
もし分割払いの取り決めをしていた場合は一括して請求しましょう。
また、養育費であっても将来分差し押さえができるのは、継続的に夫が得ることのできる給料債権に対してだけであり、口座の預貯金債権ではできないので注意が必要です。
やはり専門家に依頼?
ここまで説明した方法をきちんと進めれば自力で差し押さえをすることは確かにできますし、裁判所でもちゃんと対応してもらえます。
しかし法律の知識があまりない場合や時間が取りにくい場合には、弁護士などの専門家に依頼する方がよいでしょう。
特に弁護士に任せた方がよいのは、夫の預貯金口座を差し押さえたいが口座が特定できないといった、妻一人では調べようのない事情がある場合です。
弁護士は弁護士会照会という制度を使うことで夫の口座を特定することが可能だからです。
弁護士費用については、各事務所によってかなり開きがありますので問い合わせるしかないでしょう。
離婚訴訟の場合はある程度離婚を専門としている弁護士の方が、さまざまなケースに対処できるといえますが、強制執行の申立てだけであればそこまでこだわらなくとも大丈夫です。
費用が不安な方、弁護士の伝手がない方は、全国各地に窓口のある「法テラス」で相談しましょう。
費用についても分割払いなどの相談にのってもらえます。
おわりに
養育費や慰謝料を夫が支払わなくとも、最終的に差し押さえにより取り立てすることができるので諦めないで下さい。
ただし、債務名義は絶対に必要です。
例え離婚時に夫の収入が安定していようと、絶対に支払い続けると夫に誓われようと、支払いに関する取決めは公正証書にしておきましょう。
夫が乗り気でない場合、確かに面倒ですし時間もかかりますが、話し合いに応じないようであれば調停に持ち込んででも債務名義を得ておいた方が、後々の安心となります。
夫としても未払いは差し押さえに繋がる訳ですから、未払いを防ぐ心理的な効果が期待できます。
一連の制度の仕組みを理解し、いざという時に落ち着いて行動できるようにしておきましょう。
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