未成年の子どもがいる夫婦が離婚した場合、子どもの親権者となった親はもう一方の親から養育費を支払ってもらう権利があります。
離婚をしても両親が協力して子どもを育てていくために支払われるものが養育費ですが、現実には十分に養育費が支払われてこなかったケースが多くありました。
厚生労働省の2016年の調査では、母子家庭のうち離婚した元夫と養育費の取り決めをしている世帯は42.6%に過ぎません。
さらに、養育費の取り決めをした後、継続して養育費の支払いを受けている世帯はわずか24.3%となっています。
1カ月あたりの養育費の平均額は43,707円です。
小さな子どもを抱えた母親の場合はフルタイムで働くことは難しく、働けたとしても正社員として採用されることは難しいでしょう。
非正規で働かざるを得ないシングルマザーが多いことを考えると、月4万円強の養育費で生活を維持することは困難であるといえます。
同じく厚生労働省の調査によると、2015年の子どもの貧困率は13.9%で、そのうち半分を超える50.8%はひとり親世帯です。
子どもの約7人に1人が貧困に陥っているというのは由々しき事態であり、その原因のひとつとして養育費が十分に支払われていないことがあることは明らかです。
養育費を算定する新基準が2019年12月23日に公表される方針
養育費を月いくらと決めるかについて特に定めはなく、離婚する夫婦の間で自由に決められることになっています。
そのため、現状では不当に低い金額が決められたり、取り決め自体ができなかったりする夫婦も多くなっています。
離婚調停や訴訟に際して養育費を取り決める場合、家庭裁判所では養育費の目安となる簡易算定表が用いられてきました。
これは東京と大阪の裁判官6人が研究の末に策定した算定表で、2003年に法律雑誌で発表されたことをきっかけに全国の家庭裁判所で用いられるようになりました。
それ以降、長期間にわたってこの算定表が活用されており、最近では協議離婚の際にもこの算定表を参考資料として用いるケースが増えていると言われています。
とはいえ、養育費の金額はこの算定表によって一律に定めるべきものではなく、さまざまな個別の事情を考慮して柔軟に定めるべきとされています。
しかし現実には、多くの家庭裁判所では機械的にこの算定表が適用されていて、個別の事案で実態に即した養育費が定められていないという批判もあります。
この算定表に示された金額自体、生活を維持するには不足する水準であるケースも多く、かつ養育費を支払う側の生活水準に比べても養育費の金額が著しく低いという指摘もされてきました。
また、2003年に算定表が公表されて以降、時代の変化に合わなくなってきているという批判もあり、母子家庭や子どもの貧困率が高まってきた社会情勢も相まって、算定表を改定すべきであるという声が高まっているのです。
このような状況の中で、日本弁護士連合会では2016年、家庭裁判所の算定表よりも養育費の金額を1.5倍程度の水準に引き上げる内容の独自の算定表を公表し、家庭裁判所に対しても改善を呼びかけました。
最高裁判所の司法研修所も、養育費の受取額が現状よりも増える方向で新基準を策定する方針を固めました。
現行の算定表による養育費の水準
家庭裁判所で用いられている現行の簡易算定表は、両親それぞれの年収や子どもの年齢、人数に応じて目安となる養育費の金額を示し、機械的に割り出すことができるようになっています。
例えば、1歳の子どもが1人いる世帯で、親権者である母親は専業主婦で年収0円、離婚した元夫の年収が350万円の場合、養育費の月額は4~6万円とされています。
15歳と12歳の2人の子どもがいる世帯で、親権者である母親の年収が150万円、離婚した元夫の年収が500万円の場合は、養育費の月額は6~8万円とされています。
いずれにしても、母親の年収と養育費を合計しても母子の生活を維持することは困難であることが分かるでしょう。
なぜいま、新基準が策定されることになったのか
養育費を算定する新基準が策定されることになった背景には、ひとり親世帯の貧困率の上昇、特にシングルマザー世帯の子どもの貧困率の上昇が社会的に注目されたことがあります。
ひとり親世帯、特にシングルマザー世帯には経済的なサポートが必要です。
社会的な保障の拡充も過大ですが、まずはもう一方の親である元夫(元妻)からの養育費を充実させることが重要です。
ひとり親世帯が貧困に陥りやすい原因
母子世帯に限らず、父子世帯でもひとり親世帯は貧困に陥りやすくなります。
その原因として、まず収入が少ないということが挙げられます。
親が2人いれば共稼ぎすることによってそれなりの世帯収入を得ることができますが、ひとり親となると収入にも限りがあります。
また、子どもが小さい場合は育児や家事に手間がかかるため、なかなかフルタイムでは働けないという問題もあるでしょう。
子どもを保育園に預けて働くとしても保育園代がかかるため、経済的負担が大きくなります。
シングルマザーが特に経済的に厳しい理由
父子家庭でも両親がそろっている家庭に比べれば経済的に苦しくなる家庭が多いのは事実ですが、母子家庭ではさらに深刻な状況になります。
その理由のひとつとして、子どもを抱えた母親が正規雇用で働くのが難しいという社会状況があります。
ひとり親世帯の就業状況に関する厚生労働省の調査によると、父子家庭で非正規として働いている人の割合はわずか6.4%であるのに対して、母子家庭の場合は43.8%にのぼっています。
また、子どもが小さいほど母親が親権者になるケースが多いことも影響していると考えられます。
前述のとおり、小さな子どもがいるとフルタイムで働くことはなかなか難しいものです。
しかし、子どもがある程度育つと子育てにあまり手がかからなくなるので、フルタイムで働くことも難しくなくなります。
小さな子どもを抱える母子家庭は、ある程度の年齢にまで育った子どもを引き取るケースが多い父子家庭と対照的ともいえます。
養育費を支払う側の生活水準に比べて養育費の金額が低すぎる
現行の家庭裁判所の算定表に基づく養育費の金額について、先ほど2つの例を挙げました。
養育費を支払う側の年収が350万円のケースでは養育費の目安が月4~6万円でした。
間をとって月5万円だとすると、1年間で60万円です。
残りの290万円は自分で使えることになります。
年収500万円のケースでは養育費の目安は月6~8万円で、中間の月7万円で計算すると1年間で84万円、残りの416万円は自分で使えることになります。
290万円や416万円で経済的に余裕があるといえるかどうかはともかくとして、父子世帯では母子世帯の生活に比べて格段に生活に余裕があることは明らかです。
再婚する場合などはお金も必要になりますが、子どもをもった親としてはもっと養育費を負担すべきだと考えられています。
離婚はしても親子の法律関係は切れません。
民法877条1項では直系血族等の親族の扶養義務が定められています。
扶養義務とは、自分の生活と同程度の生活を保障する義務です。
つまり、現行の算定表に基づいて決められた養育費の水準では、民法に定められている親族の扶養義務を果たせていない場合が多いのです。
このことからも、養育費の水準は今よりも増額されるべきであるといえます。
まとめ
家庭裁判所の現行の算定表が、養育費の問題で争う夫婦や元夫婦の多くの問題を解決してきたことは事実です。
しかし、2003年に公表された算定表による養育費の水準は現在では低すぎることが明らかといえます。
2019年12月23日、養育費の目安が増額される可能性がある新基準の公表が待たれるところです。